安藤忠雄さんといえば、最近では表参道ヒルズや東京ミッドタウンの建築に携わった人。
世界的に有名な建築家で、ときおり雑誌のインタビューで見かける人、という印象を私は持っていた。
文章の中にはいつも何か光るものがあり、この人が何を考えて生きてきたのか詳しく知りたいと思い、彼の書籍を求めたことがあったが、その頃は本業の建築に関わる書籍しか書いていなかった。
この本には安藤忠雄さんの半生と彼の根底に流れている哲学について綴られている。
異端であることを潔しとする心意気、不屈の闘志。
何かの建築を手がけるということは、クライアントから仕事を請け負うということ。
クライアントの希望や金銭的な予算、建築に関する法律や行政の制約と、彼自身がよしとする建築の間には常にギャップがあるのである。
彼はいつもそのギャップを埋めるために闘い、ときには形にできず、でも形にしてきたことで今の地位や現代建築の標準を作った。
私が安藤忠雄さんに惹かれるのは、「独立自尊」の体現者だからなのだと思う。
翻って職場の話。
勉強会をやるから、というので参加したものの、時間通りに始まらないどころか、講師はロクに準備をしていない、受講する側は自身の作業をしながらの「ながら聴き」。
これをプロジェクトに関わる勉強会だから、ということで業務時間内に行ったうえで、勤務実績としてチャージするという。
私はこのような状況を良しとして何も違和感を感じない周囲の人間の鈍感さに腹が立ち、勉強会の半ばに退席した。
そして「このような勉強会を勤務実績としてチャージするのはプロフェッショナルの矜持に反します。目的も意義もないこのような勉強会はやめましょう」と発言した。
読んでから日にちがたった今、この書評を書こうと思ったのは、今年読んだ中でベスト3には入るであろう良書と思ったからだけではなく、重要な気づきを得たと思ったからである。
私の上記の発言に対し、「良いことを言っているのに、言い方が良くない」であるだとか「挑発的だ」などと指摘を受けた。
指摘を受けたとき、私には「ふざけるな」という思いが沸き起こったが、同時に自分の行動は「自分は腐りたくない」であるとか「巻き込まないでくれ」とか、自分が出発点になって外界との接点が考慮されていないのではないか、ということに気づかされたのである。
安藤忠雄さんにあって、私に足りないもの。
それは理想を実現するための手段が何かを考え、形になるまでやり抜くということ。
実現したい理想を自分の中にではなく、自分の外の世界に置くということなのではないか、と。
1冊1900円というのは私が読む書籍の中でもかなり高価格な部類に入るが、文章・装丁・ちりばめられた写真、そのほか本を構成するすべてを考えると安すぎると私は思う。
読書をコスト・パフォーマンスで考えたときに、最大のコストは「書籍代」ではなく「読書に費やす時間」。
私が書評を読んだり書いたりするのは、いい買い物をするためではなく、世にある良書にめぐり会うため。
良い本との出会いは、ときに良い人との出会いと同じように人生を変えるような大きな力があると思います。
posted by mikki at 12:56|
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みきや書房
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